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東京高等裁判所 昭和33年(う)1303号 判決

控訴人 被告人 鈴木秀次 弁護人 松本栄一 外一名

検察官 大津広吉

主文

原判決中被告人に関する有罪判決部分を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

訴訟費用中原審証人清沢義治、同平松正義、同栗原甚之助、同関口忠一郎、同秋元元七、同皆川太郎、原審並に当審証人塩谷三郎に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人が(一)昭和二五年七月二二日頃、現金一〇万円を業務上横領したとの点(昭和三二年四月二七日付追起訴状第二の事実)(二)同年一一月二三日頃、金額五万円の小切手一枚を業務上横領したとの点(同第三の事実)(三)昭和二六年一月一九日頃、秋元専之助より自立貯金することの依頼を受け交付を受けた現金一〇万円を業務上保管中横領したとの点(同第四の事実)については、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松本栄一、同鈴木信一提出の控訴趣意書、及び同訂正申立書記載のとおりであるから、これをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。

論旨第一点について、(所論は事実誤認の主張を含むものと解する。)

一、所論は、原判決判示第一の一の(二)乃至(六)、同第一の二の(一)(二)及び(四)乃至(九)、同第一の三の(一)(二)の事実につき、原判決は被告人に業務上横領罪の成立を認めたが、右犯罪の成立を肯認するためには、宇田川雅士、秋元専之助、松永寿一、及び大沢正司の四名が金員返済の債務を負担するに至る原因となつた、被告人の同人等に対する貸付行為が、市川市行徳農業協同組合(以下組合と略称する)の正規の貸付けと認むべき場合に限り妥当するものであるところ、被告人の宇田川雅士等四名に対する貸付け行為は、いずれも自己、若しくは第三者の利益を図る目的に出た不法の貸付であるから、右各貸付け行為自体が既に業務上横領罪を構成するものである。果して然からば、被告人が不法になした貸付け金が後日被告人に返済された場合において、被告人がその返済金を擅に他人に貸付け、或は自己に着服するも、右は前の業務上横領罪の当然の結果であつて、不可罰的事後処分行為と目すべきものであり、別に犯罪を構成する謂われはないと主張する。よつて按ずるに、

(イ)  被告人の検察官に対する昭和三二年三月二六日付、同月二七日付、同二八日付各供述調書、秋本政四郎の検察官に対する同年三月一五日付供述調書、塩谷三郎の検察官に対する同年三月一八日付供述調書、宇田川雅士の検察官に対する同年三月一五日付、同月一六日付、同二三日付各供述調書、清沢義治の検察官に対する供述調書の各供述記載及び被告人の当公廷における供述によると、被告人は原判示の期間組合の先任理事又は専務理事として原判示の業務を担当処理していたものであり、宇田川雅士は東京都内から排出する糞尿を千葉県下の農村にトラツクで運搬することを営業とする第三東海株式会社の社長であるところ、同会社の市川市稲荷木営業所主任で行徳町に在住する秋本政四郎を介し、昭和二三年五月頃、同会社の運搬用トラツク等購入資金として金五〇万円を右組合から借受けたことがあつて、被告人を識るようになつた者であるが、昭和二五年四月同会社で必要な運転資金を調達するため、秋本政四郎を介し被告人に融資を懇請したところ、被告人はその申出を断ることができず、元来組合の貸付けは組合員に対し組合理事会の決議を経てなすべきものであり、然かも所定の利息を定め、保証人、その他の担保を供せしめることを要するに拘らず、組合員でない前記会社の社長たる宇田川雅士の利益を図る目的を以て、右の如き正規の手続を経ることなく、擅に、組合の資金を融資することを決意し、同組合会計主任塩谷三郎をして、組合に預金している組合員の名義を使用して貯金払戻請求書を作成せしめ、これに対応する貯金を払戻す必要上小切手を振出すように装い、組合長名義の金額一五万円の小切手を振出させた上、同年四月二七日頃、市川市下妙典一三四番地の自宅において、自己が業務上保管する右組合所有の金額一五万円の小切手(千葉地裁昭和三二年領第九〇号の五)一通を擅に、秋本を介して宇田川雅士に貸与して横領し、昭和二五年六月九日頃に至り、宇田川から右貸付けに対する返済として原判示第一の一の(二)掲記の如く現金一五万円を受領するや、これを自己に着服したことが明かである。右の如き経緯であるから、原判決に判示する現金一五万円の着服横領の事実は、被告人が昭和二五年四月二七日敢行した金額一五万円の小切手の業務上横領罪に当然包含せらるべき事後処分行為であつて、別罪を構成しないものと謂わなければならない。同様にして、原判示第一の一の(三)の宇田川雅士から返済を受けた二〇万円の小切手は、被告人が昭和二五年六月一四日頃、前同様、擅に同人に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の七)に対する返済金、同(四)の二〇万円の小切手は、被告人が同年一二月二〇日頃、前同様、擅に宇田川雅士に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の九)に対する返済金、同(五)の現金二〇万円は、被告人が昭和二六年二月二四日頃、前同様、擅に宇田川雅士に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の一一)に対する返済金、同(六)の現金三〇万円は、被告人が同年一二月一四日頃、前同様、擅に宇田川雅士に貸与して横領した組合所有の金額一〇万円、一三万円、七万円の小切手三通(同号証の一三、一四、一二)に対する返済金であることが認められるので、被告人がこれらを他人に貸付け、若しくは自己に着服するも、右は前記業務上横領行為の事後処分として罪とならぬものであると謂わなければならない。従つて、原判決は以上の事実につき罪とならざるものを有罪と認定した事実誤認の違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はいずれも理由があり、原判決は破棄を免かれない。

(ロ)  被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付、同月二五日付各供述調書、秋元専之助の検察官に対する同年三月二三日付、同年四月一八日付各供述調書の記載、被告人の当審公判廷における供述によると、秋元専之助は行徳町所在千葉縫製工業株式会社を経営していた者であるが、営業資金に窮し、小学校時代の同級生である被告人鈴木に対し融資を懇請した結果、同被告人は秋元専之助が組合員でないのに拘らず、擅に組合の資金を同人に融資することを決意し、昭和二四年八月一日頃、市川市本行徳二四八番地秋元専之助方で、自己が業務上保管する組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の八一)一通を、擅に同人に貸与して横領し、昭和二五年七月二二日頃、秋元専之助から右貸付け金の返済として原判示第一の二の(一)掲記の如く、現金一〇万円を受領するや、これを自己に着服したことが明かである。以上の経緯であるから、これまた原判示の現金一〇万円の横領の事実は、被告人が昭和二四年八月一日頃敢行した二〇万円の小切手の業務上横領罪に当然包含さるべき事後処分行為であつて、別罪を構成しないものである。同様にして、原判示第一の二の(二)の秋元専之助から返済を受けた五万円の小切手は、被告人が昭和二五年四月二〇日頃、前同様、擅に同人に貸与して横領した組合所有の金額五万円の小切手(同号証の八三)に対する返済金、同(四)の現金一〇万円は、被告人が同年一〇月二六日頃、前同様、擅に秋元専之助に貸与して横領した組合所有の金額一〇万円の小切手(同号証の八五)に対する返済金、同(五)の一〇万円の小切手は、被告人が同年一二月四日頃、前同様、擅に秋元専之助に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の八六)に対する返済金、同(六)の現金二〇万円は、被告人が昭和二六年四月一二日頃、前同様、擅に秋元専之助に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の八八)に対する返済金、同(七)の現金二〇万円は、被告人が同年四月二一日頃、前同様、擅に秋元専之助に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の九二)に対する返済金、同(八)の現金一〇万円は、被告人が同年五月一四日頃、前同様、擅に秋元専之助に貸与して横領した組合所有の金額一〇万円の小切手(同号証の九四)に対する返済金、同(九)の現金二〇万円は、被告人が昭和二七年一二月四日頃、前同様、擅に秋元専之助に貸与して横領した組合所有の金額二〇万円の小切手(同号証の九五)に対する返済金であるから、これらを他に貸付け、若しくは自己に着服するも、それは前の犯行の事後処分行為であつて、別罪を構成しないものである。従つて原判決は以上の事実についても、罪とならざるものを有罪と認定した事実誤認の違法があり、右の違法は原判決に影響を及ぼすことが明かであるから論旨は理由があり、この点においても原判決は破棄を免かれない。

(ハ)  被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付、同月二五日付各供述調書、松永寿一の検察官に対する同年四月二〇日付、同月三〇日付各供述調書によると、松永寿一は行徳町で家具什器の製造販売業をしていた者であるが、職人に対する賃料の支払に窮し、被告人に融資を懇請した結果、被告人は正規の手続きを履まず、擅に組合の資金を同人に融資することを決意し、昭和二五年五月二二日頃、前記自宅において、自己が業務上保管していた組合所有の金額六万円の小切手一通(同号証の一〇一)を、擅に同人に貸与して横領し、同年六月一八日頃、同人から原判示第一の三の(一)掲記の如く右貸付金の返済として現金六万円の交付を受けるや、これを自己に着服したことが明かであるので、これまた前の業務上横領行為の事後処分であつて、別罪を構成しない。従つてこの点においても原判決は前同様の違法がありというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれない。

(ニ)  被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付、同月二五日付各供述調書、大沢正司の検察官に対する同年四月二〇日付、五月一日付各供述調書によると、大沢正司は市川市高谷で海苔採取業をしていた者であつて、被告人とは軍隊で知合つた間柄であるが、その資金に窮し、被告人に対し金融を懇請した結果、被告人は同人が組合員でないのに拘らず同人に組合の資金を貸付けることを決意し、昭和二五年九月五日頃、前記自宅で、自己が業務上保管する組合所有の金額五万円の小切手一通(同号証の一〇二)を、擅に同人に貸与して横領し、同年一二月二〇日頃、同人から原判示第一の三の(二)掲記の如く、右貸付金の返済として現金一万円の交付を受けるや、これを自己に着服したことが明かなので、これまた、前の業務上横領行為の事後処分として別罪を構成しないものといわねばならない。従つてこの点においても、原判決は罪とならざるものを有罪と認定した事実誤認の違法を免かれないものというべく、論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免かれない。

二、所論は、原判決判示第一の一の(一)の事実につき組合は昭和二五年五月頃、千葉県信用農業協同組合連合会(以下県信連と略称する)東葛支所に対し、二〇〇万円の債務を有したところ、同年五月二六日頃、被告人は組合会計主任塩谷三郎から右債務の内一〇〇万円返済のため(一)同月二月二六日付組合長清沢義治振出、千葉銀行本八幡支所宛金額三〇万円の横線小切手一通(同号証の八一)(二)同日付同人振出千代田銀行本八幡支店宛金額二八万円の小切手一通(三)前記支所に対する組合当座預金振替のため振出した同県信連宛金額三〇万円の小切手一通、(四)同県信連宛金額一〇万円の預金払戻請求書一通(五)現金二万円を受取り、これらを保管中、被告人は(一)の千葉銀行本八幡支店宛三〇万円の小切手につき組合長印で横線を抹消した上、同銀行で金三〇万円の支払を受け、その内金二〇万円を自己所有にかかる同月二五日付第三東海株式会社宇田川雅士振出、千代田銀行小川町通り支店宛、金額二〇万円の小切手と交換して(二)、(三)、(四)、(五)と共にこれを同県信連に交付し、以て金一〇〇万円を弁済したもので、被告人には何等右現金を不法領得する意思がなかつたものであるから、業務上横領罪は成立しないと主張する。

よつて按ずるに、原判決挙示の証拠によれば、判示第一の一の(一)の事実は優にこれを証明することができる。そこで、右事実に対し業務上横領罪の成否如何について考えるに、およそ使途の限定された金銭、または有価証券の寄託を受けた者が、これを擅に委託の本旨に違つた処分をしたときは、直ちに横領罪が成立するものと解するのが相当であり、原判決挙示の証拠によれば被告人が組合の会計主任から県信連に対する組合の借入金の返済に充てるよう依頼せられて原判示の金額三〇万円の小切手を受取り、原判示の如くこれを換金した上業務上保管中、その内二〇万円を自己の用途に供するため着服した事実を認めるに十分である。従つてそのとき直ちに横領罪が成立するものというべく、たとえ右現金二〇万円に換えるに自己所有の同額の小切手を以て県信連に対する債務を弁済に充て、その結果債務を完済することができたとしても、斯くの如きは横領罪の成否には何等影響を及ぼすべき限りでない。よつて右被告人の所為に対し、業務上横領罪を以て問擬した原判決は正当であつて、いささかも法令適用の誤り、若しくは理由にくいちがいの違法は存しない。論旨は理由がない。

弁護人松本栄一、同鈴木信一の控訴趣意第二点、事実誤認の主張について、

所論は、原判決判示第一の二の(三)の事実につき、被告人は昭和二六年一月、秋元専之助から秋元正義名義で組合の自立貯金に一〇万円を預入れることの依頼を受け、同人から現金一〇万円を受取り、同年同月四日、六日、一九日の何れかの日に、組合の担当者に交付して組合に預金したものであつて、横領の事実はない、と主張するので按ずるに、被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付供述調書添付の一覧表、並に、同月二五日付供述調書には、被告人の供述として昭和二六年一月一九日秋元専之助より現金一〇万円を同人の長男名義で自立貯金してくれと依頼を受け預かつたが、その頃、薮崎つるから親戚の者に五万円貸したいので何とかしてくれと頼まれ、同女に右一〇万円の内金五万円を渡し、更にその後、同女に三回位に合計金二万五千円位やり、その残りはその頃自分の飲食費等に使つた趣意の供述記載があり、また秋元専之助の検察官に対する昭和三二年四月二二日付供述調書には、同人の供述として、昭和二六年一月一九日被告人鈴木に金五万円を返済した際、同人に返えす金とは別に金一〇万円を同人に渡し、長男正義名義で組合に自立貯金をしてくれるように頼んだことがある趣旨の供述記載があり、いずれも判示に添うが如きであるが、一方組合の自立貯金台帖(千葉地裁昭和三二年領第九〇号の三三)には、秋元正義名義の自立貯金口座に、昭和二六年一月四日金一〇万円を受入れた旨の記載があり、また被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付供述調書添付の一覧表、並に、同月二五日付供述調書によると、被告人は昭和二六年一月八日頃、秋元専之助から受取つた現金一五万円の内一〇万円を、塩谷に命じ秋元正義名義の自立貯金に入れさせた旨の記載があり、塩谷三郎の検察官に対する昭和三二年三月一八日付供述調書には、同人は同二五年一二月三一日被告人から一五万円を受取り保管中、翌二六年一月六日に同被告人の命でその内一〇万円を秋元正義名義の自立貯金に入れた旨の供述記載があつて、前記自立貯金台帖に記載された金一〇万円の預入れは、以上の内何れに該当するのか、或は全然別個のものであるか、遽に断定し難い。しかるに、証人秋元専之助の当審における証人尋問調書、並に、被告人の当審公判廷における供述によると、秋元が被告人に自立貯金の預入れを依頼したのは、昭和二六年一月中に一回あるのみ、と謂うのであるから、同年一月四日組合の自立貯金台帖に記載のある金一〇万円の預入れの外に、秋元が被告人に対し別口の自立貯金として金一〇万円を交付したか否かは甚だ疑わしく、前記被告人及び秋元専之助の各検察官に対する供述調書中、同二六年一月一九日金一〇万円を秋元から被告人に交付したとの供述記載は、たやすく措信し難いところである。その他、原判決挙示の証拠によつては、判示事実を確認するに足らないので、原判決はこの点において事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免かれない。

よつて被告人の本件控訴は理由があるので、その余の論旨につき判断を省略し、なお、被告人に対する原判示事実は全部併合罪として判決されたものであるから、刑事訴訟法第三九七条第一項により、原審の有罪判決部分を全部破棄し、同法第四〇〇条但書の規定に則り、当裁判所において更に直ちに判決することとする。

ところで、検察官は当審において、原判示第一の一の(二)乃至(六)、同二の(四)乃至(九)、同三の(一)(二)の各公訴事実につき、順次後に判示する被告人の犯罪事実第一の二乃至六、同第二の一乃至六、同第三の一、二の如く訴因の予備的追加(但し、第二の一乃至六につき予備的訴因は被告人の住所を犯行場所としているが、当裁判所は後に判示する如く、秋元専之助方を犯行の場所と認定する)をなしたところ、弁護人等は右訴因の追加は、本位的訴因との間に公訴事実の同一性を欠くから、許されざるものである旨主張する。よつてこれに対する当裁判所の判断を示すと、さきに説示した如く、本件において本位的訴因において業務上横領罪の対象となつているのは、何れも被告人が先に組合の貸付として小切手を貸与しその返済をうけた小切手又は現金である。ところで予備的訴因においては、右の如く被告人が先になした小切手の貸付行為自体業務上横領罪を構成するものとされているのであつて、このことは当審における訂正後の起訴状の訴因と予備的訴因を対比することによつても、本件審理の経過に徴しても明白である。してみれば、本位的訴因において業務上横領の対象となつている小切手又は現金は、予備的訴因において業務上横領罪を構成するものとされている貸付行為を発生原因として、これに基き受領したものに外ならない。従つて、予備的訴因について業務上横領罪が成立するときは、本位的訴因として掲げられている行為はその事後処分行為として別罪を構成することなく、また本位的訴因が業務上横領罪を構成する場合には予備的訴因たる行為は別罪を構成しないことが明白であり、その間に択一関係が存在し、また右の場合には因より同一の被害に関する場合であるから、かかる場合には右の両者の間に公訴事実の同一性が認められるものと解するのが相当であつて、その理は、両者の犯行の日時、場所や横領の対象が異る場合であつても何等異るところはない。従つて右予備的訴因の追加は許容さるべきものである。

(当裁判所の認定する罪となるべき事実)

被告人鈴木秀次は、市川市下新宿町三五番地所在市川市行徳農業協同組合(旧称行徳町農業協同組合、以下組合と略称する)に昭和二三年四月一九日より先任理事、同二六年四月一九日以降は専務理事として勤務し、金融業務を担当し、同組合金の受払の監督、並に、保管、及び組合長不在の際は組合長に代り通常の組合業務一切を統轄処理していたものであるが、

第一、

一、昭和二五年五月二六日頃、千葉県信用農業協同組合連合会東葛支所に対する組合の借入金を返済するため、組合会計主任塩谷三郎より、同日付組合長清沢義治振出に係る市川市八幡町四丁目一三二九番地千葉銀行本八幡支店宛の金額三〇万円の小切手一通(千葉地裁昭和三二年領第九〇号の四)を受取り、同日、同銀行支店において現金化し、組合のため業務上保管中、その内二〇万円を、擅に同所において自己の用途に充てるため着服して横領し、

二、同年四月二七日市川市下妙典一三四番地の自宅において、秋本政四郎を介し第三東海株式会社取締役社長宇田川雅士から同会社の運転資金の貸与を求められるや、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長清沢義治振出、千葉銀行本八幡支店宛、金額一五万円の小切手一通(同号証の五)を、擅に同人に貸与して横領し、

三、同年六月一四日頃、右自宅において、前同様、宇田川に対し秋本を介して、自己が業務上保管中の組合所有の同日付、同組合長振出、同銀行支店宛、金額二〇万円の小切手一通(同号証の七)を、擅に貸与して横領し、

四、同年一二月二〇日頃右自宅において、前同様、宇田川に対し秋本を介して、自己が業務上保管中の組合所有の同日付組合長振出、同銀行支店宛、金額二〇万円の小切手一通(同号証の九)を、擅に貸与して横領し、

五、昭和二六年二月二四日頃、右自宅において、前同様、宇田川に対し秋本を介し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付組合長振出、同銀行支店宛、金額二〇万円の小切手一通(同号証の一一)を、擅に貸与して横領し、

六、同年一二月一四日頃右自宅において、前同様、宇田川に対し秋本を介して、自己が業務上保管中の組合所有の同日付組合長振出、千代田銀行八幡支店宛、金額一〇万円の小切手(同号証の一三)、金額一三万円の小切手(同号証の一四)、金額七万円の小切手(同号証の一二)計三通を、擅に貸与して横領し、

第二、

一、昭和二五年一〇月二六日頃市川市行徳二四八番地千葉縫製株式会社取締役社長秋元専之助方で、同人に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付組合長清沢義治振出、千葉銀行本八幡支店宛、金額一〇万円の小切手一通(同号証の八五)を、擅に貸与して横領し、

二、同年一二月四日頃前同所において、秋元専之助に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長振出、同銀行支店宛、金額二〇万円の小切手一通(同号証の八六)を、擅に貸与して横領し、

三、昭和二六年四月一二日頃前同所において、秋元専之助に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長振出、同銀行支店宛、金額三〇万円の小切手一通(同号証の八八)を、擅に貸与して横領し、

四、同年四月二一日頃前同所において、秋元専之助に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長振出、同銀行支店宛、金額二〇万円の小切手一通(同号証の九二)を、擅に貸与して横領し、

五、同年五月一四日頃前同所において、秋元専之助に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長振出、同銀行支店宛、金額一〇万円の小切手一通(同号証の九四)を、擅に貸与して横領し、

六、昭和二七年一二月四日頃前同所において、秋元専之助に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長振出、千代田銀行八幡支店宛、金額二〇万円の小切手一通(同号証の九五)を、擅に貸与して横領し、

第三、

一、昭和二五年五月二二日頃、前記自宅において、家具什器製造販売業松永寿一に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同日付同組合長振出、千葉銀行本八幡支店宛、金額六万円の小切手一通(同号証の一〇一)を、擅に貸与して横領し、

二、同年九月五日頃右自宅において、海苔採取業大沢正司に対し、自己が業務上保管中の組合所有の同組合長振出、同銀行支店宛、金額五万円の小切手一通(同号証の一〇二)を、擅に貸与して横領し

たものである。

〈証拠説明省略〉

(法令の適用)

法律に照すと、被告人の判示各所為は、刑法第二五三条に該当するところ、右は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条に則り、犯情最も重いと認める判示第一、の六の業務上横領の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で、同被告人を懲役一年六月に処し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文掲記のとおり同被告人の負担とする。

(本件公訴事実中無罪の点に対する判断)

本件公訴事実中被告人が

一、昭和二五年七月二二日頃、秋元専之助方で同人から組合の貸付金の返済として現金一〇万円を受領し、これを業務上保管中、その頃前記場所で擅に着服して横領し(同三二年四月二七日付追起訴状第二の事実)

二、同年一一月二三日頃、秋元専之助方で同人から組合の貸付金の返済として同日付秋元専之助振出しにかかる千葉銀行本八幡支店宛の金額五万円の小切手一通を受領し、これを業務上保管中、擅に即日、同市下妙典一三四番地の自宅で渋谷栄太郎に貸与して横領し(同追起訴状第三の事実)

三、昭和二六年一月一九日頃、秋元専之助方において同人より同人の長男正義の名義で行徳農業協同組合に自立貯金をすることの依頼を受け、現金一〇万円を受領しこれを業務上保管中、その頃擅に、同市下新宿一六番地薮崎つる方で、自己の用途に充てるため着服して横領し(同追起訴状第四の事実)

たものである。

との点については、一、の所為は、前記の如く被告人が昭和二四年八月一日頃、自己が業務上保管中の組合所有の金額二〇万円の小切手一通を、擅に秋元専之助に貸与して横領した犯行の事後処分行為であり、二、の所為は被告人が昭和二五年四月二〇日頃、同様の金額五万円の小切手一通を、擅に秋元専之助に貸与して横領した犯行の事後処分行為であつて、いずれも罪とならず、三、は前記の如く、犯罪の証明が十分でないので、刑事訴訟法第三三六条により、いずれも無罪の言渡しをなすべきものである。

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 目黒太郎)

弁護人松本栄一の控訴趣意

一、総論

原判決は、被告人に対し、犯罪事実計十七個を認定して業務上横領罪の責任を問い、被告人を懲役二年に処するものである。

原判決の認定した右犯罪事実は控訴理由と対比するの便宜上左の二に区分せられる。

(一) 宇田川雅士、秋元専之助、松永寿一及び大沢正司各返済の組合貸付金に関するもの(判示第一の一の(二)ないし(六)、同二の(一)、(二)及び(四)ないし(九)並に同三の(一)及び(二)の各事実)並に県信連東葛支所に対する組合借入金の返済資金に関するもの(判示第一の一の(一)の各事実)

(二) 秋元正義名義の自立貯金資金に関するもの(判示第一の二の(三)の事実)

而して、原判決は、右(一)の各事実に関し、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤、又は、理由のくいちがいがあり、同(二)の事実に関し、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認があるから、この点において破棄せらるべきものと思料するのである。仮に、然らずとするも、刑の量定不当なるものがあるから、破棄を免れざるものである。

以下これ等の点につき詳述する。

第一点原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤、又は、理由のくいちがいがあるから、この点において、破棄せらるべきものである。

一、原判決の認定した犯罪事実の概要

原判決は、(一)前記宇田川、秋元、松永及び大沢各返済に係る組合貸付金に関し、(1) 被告人が、市川市行徳町農業協同組合(旧称行徳町農業協同組合)に昭和二十三年四月十九日より先任理事同二十六年四月十九日以降は専務理事として勤務し、金融業務を担当し、同組合の組合金の受払の監督及び保管並に通常の組合業務一切を統轄処理していた事実、並に、(2) 被告人が、宇田川、秋元、松永及び大沢より各組合の貸付金の返済として一定額の現金又は小切手を受領し、これを組合のため業務上保管中、擅に他人に貸与し、自己の用途に充てるため着服し又は自己の債務の弁済に充当し、以てこれを横領したとの事実を認定し

(二) 県信連東葛支所に対する組合借入金の返済資金に関し、(1) 被告人の組合における地位及び職務権限につき前同様の事実並に、(2) 被告人は、昭和二十五年五月二十六日頃組合会計主任塩谷三郎より、右返済資金として同日付組合長清沢義治振出に係る千葉銀行本八幡支店宛の金額三十万円の小切手一通を預り、同日同銀行支店においてこれを現金とし、組合のため業務上保管中、その中二十万円を擅にその頃同所において自己の用途に充てるため、これを着服して横領したとの事実を認定し、

被告人の各所為を業務上横領罪に問擬し、その責任を追求しているのであるが、本件犯罪の問題の焦点は主として右(一)の点に存するのである。

二、原判決に対する反駁

(一) 被告人の組合における地位及び職務権限

被告人の組合における地位及び職務権限が原判決摘示の如くであることは、その掲げる証拠に徴し明白であるが、右権限中本件犯罪との関係において特に留意すべきは、組合金貸付に関する権限である。法令、定款等の規定によれば、組合における資金の貸付は、(1) 組合員のみに対し、(2) 理事会の決議を経て、(3) 農業協同組合財務処理基準令第六条の定める額の範囲内において、(4) 所定の保証人を立てさせ、且つ、所定の借用証を提出させた上において、これを行うべきものとされている(証人清沢義治の証言、同人の司法警察員に対する供述調書一五、一七、被告人の検察官に対する昭和三二年三月二六日付供述調書四)。従つて被告人が、先任理事又は専務理事として組合長の職務権限を代行し、貸付をなす場合においても、右手続に準拠すべきことは当然であつて、これに違反する不正貸付が直ちに被告人の任務違反となることは論を俟たない所である。

(二) 宇田川雅士、秋元専之助、松永寿一及び大沢正司各返済の組合貸付金に関する業務上横領罪の成否

(1)  総説 原判決は、標記組合貸付金に関し概要前記一記載の事実を認定し、被告人の所為は何れも業務上横領罪を構成するとなすこと上述の如くである。併し乍ら、原判決の右判断は、宇田川等四名が右金員返済の債務を負担するに至る原因となつた貸付行為を、組合の正規の貸付と記むべき場合においてのみ妥当するのである。何となれば、右貸付行為が不適法であり、それ自体が既に領得罪たる業務上横領罪を構成するが如き場合には、それから派生した同じ領得罪たる本犯の成否については、右と結論を異にすべきものなることが当然だからである。よつて次に宇田川等四名に対する各基本的貸付行為が果して適法なりや否やを吟味しなければならない。

(2)  宇田川等四名返済の組合貸付金に関する業務上横領罪

(イ) 先ず最初に、宇田川雅士に対する判示第一の一の(二)の事実を検討するに、宇田川は昭和二十五年六月九日頃被告人に対し現金十五万円を弁済したが、それは同年四月二十七日同人が被告人秋本歌四郎を介して金三十五万円の融資の申込をなし、同日被告人から金十五万円を借受けたことに基いて、右債務の弁済としてこれをなしたものである。而して被告人は、宇田川から右融資の申込を受けた当時、(a)宇田川又は同人を代表取締役とする第三東海株式会社が組合員に非らざることを知りつつ、(b)理事会の決議を経ずして独断で、会計主任塩谷三郎に命じて金十五万円の組合長振出千葉銀行宛小切手を作成させ(貸付最高額の規定に違反すること勿論)、(c)所定の保証人を立てさせず、且つ、所定の借用証も使用せず単に便箋に書いた借用証と引換に、秋本を介し宇田川に、右小切手を交付した事実が認められる(被告人の検察官に対する昭和三二年三月二六日付供述調書十一、十四)。被告人の宇田川に対する右貸付行為は不法であり、被告人の先任理事としての職責に悖る背任行為たることは云う迄もない。然し乍ら、右所為が果して犯罪を構成するか否かを論定するに当つては、更にそれが専ら組合の利益を図る目的でなされたか否かを究明する必要がある。而してこの場合に判定の一応の基準となるものは宇田川提出の借用証である。ところが右の借用証は、証人宇田川雅士の証言によると、宇田川雅士名義で組合員宛に作成されているから、被告人の右所為は一応組合のためになしたのではないかとの疑いを抱かしめるのである。併し仔細に貸付の事情を考察するに、右貸付は被告人と塩谷とが協議の上秘密裡に行われたのである。即ち、同人等は、他の組合役職員に右貸付の発覚するを防止する手段として、組合に対し貯金を有する者の名義により貯金払戻請求書を作成し、組合員の口座を落さず貯金払戻の形式によつて組合振出の小切手を発行する等の不正な措置を採つたのである(証人塩谷三郎の証言、同人の検察官に対する昭和三二年三月一八日付供述調書五)。被告人が、真実組合の利益のために行う貸付ならば、他の一切の役職員に秘匿し、右の如き不正手段を弄する必要は全くない筈であるから、右貸付行為は、これを被告人の自己の利益のためになした領得行為と断ぜざるを得ない。詳言すれば、被告人の右の所為は、組合貸付に仮装し、自己の業務上保管する組合所有の金銭を不法に領得したるに外ならないから、右の所為こそ業務上横領罪を構成するものと云はねばならないのである。而して被告人の右貸付行為が既に業務上横領罪を構成するならば、貸付金が組合に弁償されたと否とにより同罪の成否に影響を及ぼすことなきは勿論であると同時に、又偶々貸付金が被告人に返済された場合において、被告人がこれを他人に貸付け、自己の用途に充てる目的で着服し又は自己の債務の弁済に充当したとしても、右各領得行為は、畢竟前記業務上横領罪の当然の結果であつて既に同罪の中において包括的に評価され尽しているのであるから、これを不可罰的事後行為と解すべきであり、従つて同罪とは別個の業務上横領罪を構成するものではないこと勿論である。故に判示第一の一の(二)の事実は、これを「罪とならず」と解さなければならない。

(ロ) 次に、宇田川返済の組合貸付金に関する判示第一の一の(三)ないし(六)の本実、秋元専之助同上の判示同二の(一)(二)及び(四)ないし(九)の事実並に松永寿一同上の判示同三の(一)の事実、大沢正司同上の判示同三の(二)の事実、に関しても業務上横領罪は左記各基本的貸付行為につき成立するから、原判決の認定した右各事実は、同罪の不可罰的事後行為として、別に犯罪を構成するものに非すと解すべきこと宇田川に対する判示第一の一の(二)の事実につき前述した所と全く同様である。よつてここには記述の重複を避け、単に右業務上横領罪の成立を記むべき証拠の標目を掲げるに止めて置く。

(a) 基本的貸付行為

宇田川に対する判示第一の一の(三)の事実に関し

昭和二五年六月四日頃 小切手にて金二十万円貸付

〃          (四) 〃

同年一二月二一日頃 同上 金二十万円同上

〃          (五) 〃

昭和二六年三月末 現金にて 金二十万円同上

〃          (六) 〃

同年一二月一四日頃 小切手にて金三十万円同上

秋元に対する判示同二の(一)の事実に関し

昭和二四年八月一日頃 小切手にて金二十万円貸付

〃       (二) 〃

昭和二五年四月二〇日頃 同上 金五万円同上

〃       (四) 〃

同年一〇月二六日頃 同上 金十万円同上

〃       (五) 〃

同年一二月四日頃 同上 金二十万円同上

〃       (六) 〃

昭和二六年四月一二日頃 同上 金二十万円同上

〃       (七) 〃

同 月二一日頃 同上 金二十万円同上

〃       (八) 〃

同年五月一四日頃 同上 金十万円同上

〃       (九) 〃

昭和二七年一二月四日頃 同上 金二十万円同上

松永に対する判示同三の(一)の事実に関し

昭和二五年五月二二日頃 小切手にて金六万円貸付

大沢に対する判示同三の(二)の事実に関し

昭和二五年五月九日頃 小切手にて金五万円貸付

(b) 証拠の標目

宇田川に対する判示第一の一の(三)ないし(六)の事実に関する貸付行為につき

被告人の検察官に対する昭和三二年三月二六日付供述調書十一、十六ないし十八

証人宇田川雅士、同塩谷三郎の各証言

塩谷三郎の検察官に対する昭和三二年三月一八日付供述調書五

秋元に対する判示同二の(一)、(二)及び(四)ないし(九)の事実に関する貸付行為につき

被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付供述調書一

同上同月二五日付供述調書二、四、六、七、九、十、十四、十五、十六、十八

松永に対する判示同三の(一)の事実に関する貸付行為につき

被告人の検察官に対する昭和三二年四月二五日付供述調書二十二、二十四、

大沢に対する判示同三の(二)の事実に関する貸付行為につき

被告人の検察官に対する昭和三二年四月二五日付供述調書二十三、二十四、

(三) 県信連東葛支所に対する組合借入金の返済資金に関する業務上横領罪の成否

原判決は、標記返済資金に関し前記一記載の事実を認定し、右被告人の所為につき業務上横領罪の成立を認めていること上述の如くである。併し乍ら、原判決がその証拠として標示する被告人鈴木の検察官に対する昭和三二年三月二六日付供述調書十五、及び被告人塩谷の検察官に対する同月二三日付供述調書五によると、

(1)  昭和二十五年五月頃、組合は県信連東葛支所に対し、二百万円の債務があり、同月二十四日右の中百万円返済のため、塩谷は被告人に対し、同月二十六日付組合長清沢振出、千葉銀行本八幡支店宛金額三十万円の横線小切手一通、同日付同人振出千代田銀行本八幡支店宛金額二十八万円の小切手一通、前記支所に対する組合当座預金振替のため振出した県信連宛金額三十万円の小切手一通、県信連宛金額十万円の預金払戻請求書一通、現金二万円、計百万円を交付した事実

(2)  被告人は、右千葉銀行本八幡支店宛小切手につき、組合長印で横線を抹消し金三十万円の支払を受け、その中金二十万円を同月二十五日付第三東海宇田川雅士振出千代田銀行小川町通り支店宛金額二十万円の小切手と交換して、県信連に対し金百万円を支払つた事実

を認定することを得る。而して右小切手は、不渡りに非らず経済的に現金と同価値を有するものなることは、前記支払を完了した事実に徴し明白である。然らば被告人は、県信連に対する組合債務の弁済に充つべき現金を以て、これと同価値を有する同額の小切手と交換して右債務を弁済したと言うに過ぎず、その間被告人には何等右現金を不法に領得する意思は存しないのであるから、右現金の処分について業務上横領罪の成立せざること勿論である。(右小切手の処分につき犯罪の成否を論ずるは別問題である。)

(四) 結論

これを要するに、判示第一の一の(二)ないし(六)、同二の(一)、(二)及び(四)ないし(九)、並に同三の(一)及び(二)の事実に関し業務上横領罪を構成するものは、宇田川等四名に対する被告人の前記基本的貸付行為であつて、原判決摘示の事実は不可罰的事後行為として何等犯罪を構成するものではない。又判示第一の一の(一)の本実も犯罪を構成するものに非ざること上述の通りである。然らば、右判示各事実を以て業務上横領罪に問擬する原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤、又は、理由のくいちがいがあるから、この点において破棄を免れないものと信ずるのである。

第二点原判決は、事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において破棄せらるべきものである。

一、原判決認定の犯罪事実の概要

原判決は、秋元正義名義の自立貯金資金に関し(判示第一の二の(三)の事実)、被告人の組合における地位及び職務権限を前記第一点一記載の如く認定した上、「被告人は昭和二十六年一月十九月頃秋元専之助方において、同人から同人の長男秋元正義の名義で組合に自立貯金にすることの依頼を受け、現金十万円を受領し、これを組合のため業務上保管中、擅にその頃市川市薮崎つる方において、自己の用途に充てるためこれを着服して横領した」との事実を認定し、右事実認定の証拠として、一、被告人の検察官に対する昭和三二年四月二三日付、同月二五日付、同年五月一日付供述調書、一、秋元専之助の司法警察員に対する同年三月一九日付供述調書、一、秋元専之助の検察官に対する同年四月一八日付、同月二二日付供述調書、一、被告人塩谷三郎の検察官に対する同年四月一九日付供述調書を掲げ、被告人の右所為につき業務上横領罪の成立を認めている。

二、原判決に対する反駁

併し乍ら、被告人は、原審公判廷において右金員は組合の集金員たる薮崎つるに交付し右貯金手続を依託したと供述し(第一回公判調書)、同会計主任塩谷三郎は昭和二十六年一月六日被告人から秋元正義名義の自立貯金とすることの趣旨で金十万円を受領した旨を供述している(同人の検察官に対する昭和三二年三月一八日付供述調書七)。而して原審に提出された組合の自立貯金台帳二二九頁秋元正義の口座にも昭和二六、一、四、金十万円受入の記載があるのである。現在的確にこれを指摘するを得ないが、原審に提出された組合の貯金台帳、受入伝票にも右貯金受入の記載があるのである。被告人より右金員を受取つた者が塩谷か薮崎か、又貯金受入の日時が昭和二十六年一月四日か同月六日か同月十九日かの判定は、証拠調施行の上これをなすべきであるが、少くとも右証拠により同月中に組合において秋元正義名義で金十万円の自立貯金のなされた事実はこれを認定することを得る。(尚一月四日、六日及び十九日の三回に各十万円宛自立貯金の委託があつたか、又は右三日の中一回であつたかについては、委託者秋元専之助を証人として申請する予定である。)

然らば被告人は、組合のために委託の趣旨に従い右金員を処分したのであつて、これを不法に領得したのではないから、被告人の右所為が業務上横領罪を構成するものに非ざること明白である。

従つて被告人が右金員を自己の用途に充てるため着服して横領したとの事実を認定し、業務上横領罪の成立を肯定する原判決は、事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において破棄せらるべきものと信ずるのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

控訴趣意補遺

控訴趣意第一点二原判決に対する反駁中(一)被告人の組合における地位及び職務権限及び(二)宇田川、秋元、松永及び大沢各返済の組合貸付金に関する業務上横領罪の成否につき、左の如く補充する(証拠は特に掲げるものの外すべて同所に掲記するものを引用する)

(一) 被告人の権限外の貸付行為

被告人の組合における地位及び職務権限は原判決摘示の如くであるが、右職務権限中本件犯罪との関係において特に留意すべきは組合資金貸付に関する権限である。農業協同組合法及び同組合財務処理基準令によれば、組合が事業として行い得る資金の貸付は(1) 組合員だけに対し(法第一〇条第一項第一号)、(2) 一定額の範囲内において(令第六条第三項)これを行うべきものとされ、非組合員に対する又は所定金額を超える貸付は禁止されると共に、組合の定款及び内規によれば、右貸付は、(3) 理事会の決議を経て、(4) 所定の保証人を立てさせ、且つ、所定の借用証を提出させた上において、(5) 組合長たる理事だけがこれを行うべきものとされている。被告人は組合の先任理事又は専務理事として組合代表権を有すること組合長と同様である。(法第四一条民法第五三条)併し右代表権は組合の行い得る事業についてのみ存すべきこと勿論であるから、外部的に組合の事業外である非組合員に対する又は所定金額を超える貸付権限を包含しないと同時に、内部的には組合員に対する適法なる貸付もこれをなしてはならないとの制限に服すべきものである。被告人の宇田川等四名に対する本件貸付は、全く前記法令定款内規の諸規定を無視して行われたものであるから、組合に対する背任行為たること明白であるが、その背任性は非組合員たる宇田川等に(場合によつては所定金額をも超えて)貸付けたと言う権限逸脱の点に存するのである。

(二) 自己の利益のためにする貸付行為

被告人の本件貸付行為は、右の如くその権限を逸脱した行為である。併し権限逸脱の行為と雖も、それが専ら本人たる組合自身のためになされたものと認められる場合には、被告人は不法領得の意思を欠くものとして業務上横領罪を構成しないとするのが判例である(最判昭二八、一二、二五、刑集七、一三、二七二一、総合判例研究叢書刑法(11)藤木英雄著横領行為、背任罪一六頁)よつて次に、判示第一〇一の(二)の事実に関する宇田川に対する貸付を例に採り、右貸付が果して組合のために行われたか否かを検討しなければならない。ところが、右貸付については宇田川からその作成に係る組会長宛の借用証が被告人に差入れてあるから、一応組合のためにこれをなしたのではないかとの疑いが存する。併し、仔細にその事情を考察すると、既に趣意書記載のとおり、右貸付については、被告人及び塩谷の両名共謀の上、他の組合役職員に発覚するのを防止しよりとして、組合に対し貯金を有する組合員の名義を冒用して貯金払戻請求書を作成し、その口座を落さずに貯金払戻の形式によつて組合長名義の小切手を振出しこれを宇田川に交付するとの不正措置を構ずると共に、利息については何の約定もなかつたことが看取されるのである。若し貸付が真実組合のために行われる場合には、右の如く、貸付方法につき不正措置をなし、又利息の約定をせずと言うが如きことは到底あり得ないのであるから、右貸付は単に組合貸付に仮装したと言うに止まり、組合のためにしたのではなく被告人自身の利益のために、これをなしたものと断ぜざるを得ない而して宇田川に対する爾余の貸付及び秋元、松永、大沢に対する各貸付も概ねこれと軌を同じくするのである。然らば、被告人の右行為は、自己の業務上保管に係る組合所有の金銭を権限なくして自己の利益のために宇田川等に貸付けたるに外ならないから、右の各所存こそ業務上横領罪を構成するものと言うべきである(広島高判昭二八、六、二五高裁刑集六、一二、一六三一等、前記叢書刑法(11)六八頁)

(三) 貸付行為と小切手の振出

次に本件各貸付は、現金によるものは判示第一の一の五の事実に関するもの唯一件であり、その余は皆組合振出の小切手によりなされている。而して被告人は外部的には会計事務の遂行に関し小切手振出の権限を有すると共に、内部的にも組会長職印の保管の委託を受けているから、組合長名義による小切手振出の権限を有するものとも解し得る。従つて本件貸付のためにする小切手の振出は、その権限の濫用として背任罪を構成するのではないかとの疑いがある(参照広島高判昭和二七、八、四、高裁刑特報二〇、九四頁併し右小切手の振出は、独立の行為ではなく、被告人、相手方間の資金貸借についての合意と相俟つて一個の貸付行為を組成するものである。従つて右貸付行為について業務上横領罪の成立を認める以上、小切手振出行為はこれに吸収されるものとして同罪とは別に背任罪を構成するものではないと解すべきである(参照前記叢書刑法(11)二〇九頁以下)。

(四) 横領後の横領

かくの如く、被告人の本件各貸付行為にして既に業務上横領罪を構成する以上、貸付金が組合に弁償されたと否とにより同罪の成否に影響を及ぼすことなきは勿論であると同時に、又偶々貸付金が被告人に返済された場合において、被告人が更にこれを貸付け、着服し、又は自己の債務の弁済に充当したとしても右各処分行為は不可罰的事後行為と解すべきであるから、新たに犯罪を構成するものではないこと勿論である(大判明四三、一〇、二五刑録一六・一七四五、前記叢書刑法(11)九四頁以下)。唯被告人が受領した返済金を組合に弁償し、再び組合のためにこれを業務上保管するが如き場合において改めてこれを処分すれば、最初の業務上横領罪とは別に業務上横領罪を構成することも考えられる。よつてここに検討すべきは、被告人が本件貸付に基いて自己に返済された小切手ないし現金を組合に弁済し、組合のためにこれを保管するに至つたか否かと言うことである。

被告人には本件外にも若干の不正貸付行為が存するが、その場合において被告人は、組合に対し弁償するため、受領した返済金を塩谷に交付し、組合に入金するよう下命している。これに反し、本件貸付の場合に、被告人は受領した返済金をそのまま自ら所持し、これを塩谷に交付するとか、若しくは自ら組合に入金手続を執るとかしていないし、又組合の帳簿、書類に関する前記不正操作もそのままであつて別段変改されてはいない。要するに本件貸付の場合において被告人が受領した返済金を組合に入金し組合のためこれを業務上保管するに至つたと見るべき証左は全く存在しないのである(この点は証人塩谷及び被告人について御取調願いたい)。従つて右返済金は被告人が自己のために所持していたのであるから、これが処分行為は前記業務上横領罪の不可罰的事後行為として別に犯罪を構成するものではないと言うべきである。

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